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「咲-Saki-」舞台探訪 南北海道代表・有珠山高校編

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なかなか有珠山高校が絵として登場しないなぁと思っていましたが、ついに129局「契機」で有珠山高校関係の背景が登場したので、以前に書いた成香ちゃん関係のフライング記事に追加しました。


より大きな地図で 「咲-saki-」 舞台探訪マップ -有珠山高校編- を表示


・洞爺湖町洞爺湖温泉

観光ホテルが立ち並ぶ北海道有数の温泉地である洞爺湖温泉は洞爺湖町にあります。

平成の大合併で虻田町と洞爺村が合併してできたのが洞爺湖町で、洞爺湖の北西側半分が洞爺湖町に属しており、有珠山の北麓、かつ洞爺湖の南畔に位置する洞爺湖温泉は旧虻田町に属していました。

『咲 -Saki-』では洞爺湖温泉街の北海道洞爺湖サミット記念館・洞爺湖文化センターが有珠山高校の校舎として登場しています。


1)北海道洞爺湖サミット記念館・洞爺湖文化センター

洞爺湖畔の洞爺湖温泉街の一角にある、北海道洞爺湖サミット記念館・洞爺湖文化センター。

こちらが有珠山高校の校舎として登場しています。

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左側が洞爺湖文化センター、右側が北海道洞爺湖サミット記念館・洞爺湖観光情報センター(旧・火山科学館)。

サミット記念館は洞爺湖温泉のバスターミナルにもなっています。

129局扉絵のカシオペアのツインで上京してるっぽい件については、バスで洞爺湖温泉から洞爺駅に行くルートもあるし、距離的にも洞爺駅のほうが洞爺湖温泉からは近いので、18:39洞爺駅発のカシオペアに乗車している可能性。


2)金比羅火口展望台
(未探訪)


・壮瞥町

洞爺湖の南東部の半分が壮瞥町に属しています。有珠山の山頂も壮瞥町に属してたり…



洞爺湖温泉街からすぐ東隣が壮瞥町で、北海道民にはお馴染みの「お風呂の遊園地」こと洞爺サンパレスは洞爺湖温泉と思われがちですが、サンパレスのすぐ西側が町境なので実は壮瞥温泉になります。まぁどうでもいい話だけども…

いや、有珠山高校の子達もサンパレスで遊んでるのかなって…


3)壮瞥公園

壮瞥公園は洞爺湖温泉街から道道2号線を東へ走ると、洞爺湖を周回する道道132号線との交差点があります。

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ここを左折し少し走ると右手に壮瞥公園の看板があるので、そこをひたすら登っていった先に壮瞥公園の展望台があり、ここから見る有珠山と昭和新山の風景が129局の回想シーンに入る直前に登場する風景になります。

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ここからの洞爺湖の眺望もなかなか綺麗でした。

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4)久保内小学校

壮瞥市街から旧大滝村方面へ国道を7km程走った久保内地区にあるのが、129局の回想で真屋由暉子が通っていた中学校とされる背景がこの久保内小学校の校舎です。

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ちょうど学校の前のT字路の横断歩道あたりから撮影。

ちなみに久保内小学校の隣には久保内中学校もあるので、あながち間違いではないのですが、有珠山高校のモデルとなったサミット記念館から久保内小学校までは14kmあるので、話の流れから歩いていける距離に有珠山高校があるような描写はそういう設定ということになります。

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↑右側が久保内中学校、左奥が久保内小学校


5)有珠山・昭和新山

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「洞爺湖東側のサイロ展望台より」

背景で登場するのは129局現在では壮瞥公園からの有珠山と昭和新山の風景だけだけど、少し気になることがあるので書き進めてみる。

有珠山高校の名前にもなっている有珠山は北海道で最も活発な火山のうちの一つで、最近では2000年に噴火しており、大体30年おきに噴火を繰り返している活火山。

そして有珠山の東側には昭和新山がある。

昭和新山は太平洋戦争まっただ中の昭和18年(1943年)から昭和20年(1945年)の2年間で地盤が隆起し水蒸気爆発、そして溶岩ドームを形成した火山であるが、当時は第二次世界大戦中のため噴火の事実は新聞に小さく載せられる程度の報道しかされなかった。

壮瞥の郵便局長であった三松正夫は、昭和18年12月28日の活動開始から昭和20年9月まで600日余りの期間、昭和新山が誕生し成長していく過程を定点観測で記録したスケッチ画に残した。

これを「ミマツダイヤグラム」という。

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洞爺湖周辺の出身であろう有珠山高校・副将の真屋由暉子の目のハイライトがダイヤの形をしているのは、この「ミマツダイヤグラム」に由来しているのでは無いだろうか…。

ちなみに真屋姓は北海道内でも洞爺湖町に多く分布する。

・伊達市

6)上長和駐車公園
(未探訪)

7)水門
(未探訪)



以下は有珠山高校初登場時に書いた有珠山高校に関係しているであろうと当時予想した場所に関する記事。


・洞爺湖町成香

洞爺湖町成香


本内成香の名前の由来になったと思われる洞爺湖町成香は洞爺湖の西側にあります。

成香地区は平坦な丘陵地帯で、競走馬を輩出した旧・メジロ牧場を引き継いだレイクヴィラファームや、サイロ展望台などがあります。

せっかく来たので、成香の名前が付く場所に行こうじゃないかということで、成香小学校と成香神社に行って来ました。


8)成香小学校

成香小学校
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私がよく函館から札幌に向かうときによく利用する道道235号線沿いにある小学校ですが、今から7年前の平成18年(2006)3月31日をもって閉校となってしまいました。

もし成香ちゃんがこの成香地区の出身だとすれば通っていたかもしれないと妄想しながら探訪。

後者の背後には羊蹄山が、反対側には洞爺湖サミットの行われたウィンザーホテルが見え、近くには洞爺湖。家とか殆ど無いけどいいとこです。

まぁとりあえず閉校してるとはいえ通報されないように、いかにも撮影に来ましたと一眼レフを片手に自己防衛。


9)成香神社

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成香小学校の北にあるのが成香神社。もちろん祀られてるのは成香ちゃんではなく、天照大神がご祭神。

だいぶ小さな神社ではありますが感慨深くあります。

せっかく同名の神社だということで、有珠山高校優勝祈願と成香ちゃんが善戦しますようにとお願いしておきました。

↓成香神社の詳しい説明は別ブログにて。
成香神社 (北海道虻田郡洞爺湖町) -クモノカケラ- Yahoo!ブログ

ちなみに明治期には日本基督公会を母体とする北海孤児院の農場が成香に開かれました。孤児院の設立には伊達士族も協力していますが、ここらへんは下で詳しく。




・伊達市有珠

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地名に有珠と付くのが伊達市と洞爺湖町の境界近くにある有珠地区。

某ゲームの久遠寺有珠とは違って読みは「うす」。

アイヌ語で入り江(湾)を意味する有珠はその名の通り小さな入り江があり、北海道内でも歴史の古い場所です。

有珠山は見えるし、なおかつ有珠山への登山道があるので、有珠山高校は場所的にはここかなぁと。

結局、有珠山高校は伊達市有珠ではなく有珠山北麓の洞爺湖温泉街にあるという設定が濃厚。

有珠山高校は制服から判断するにキリスト教系の学校なのですが、他の舞台探訪ブログの方も言われているように、イングランド国教会の流れをくむ日本聖公会の教会・有珠聖公会と関係があるのかもしれませんが、ちょっと考察してみました。


10)有珠聖公会 バチラー夫妻記念聖堂

バチラー夫妻記念聖堂01


元々アイヌコタンがあった有珠に明治25年(1892年)、聖公会の宣教師ジョン・バチェラーが夜間学校を始めたのが始まり。

現在の礼拝堂は1937年に有珠山の噴石を用いたもので、「バチラー夫妻記念堂」と命名されました。

ちなみに昔の礼拝堂は北向きだったそうで、現在も裏側に回るとその名残が残っています。

4月から10月の土曜日は教会内部に入ることができます。ちなみに撮影おk。

バチラー夫妻記念聖堂02
バチラー夫妻記念聖堂02-2
バチラー夫妻記念聖堂03
バチラー夫妻記念聖堂04
バチラー夫妻記念聖堂05

2階にはジョン・バチェラーやバチラー八重子に関する展示室があります。

バチラー夫妻記念聖堂06



話が戻りますが、他ブログさんの話では本内成香の本内という苗字が伊達家の家臣で室蘭特有のものだと聞きました。

成香ちゃんのあの片目が隠れた髪型も伊達政宗のオマージュなんじゃないかという話もあるようですが、ちょっと伊達市に入植した伊達家主従のこととか少し調べてみました。

伊達市のある有珠郡に、明治2年(1869)仙台藩の支藩である亘理伊達家領主の伊達邦成と家臣、領民2800名余の士族が開拓のため伊達市に集団移住しますが、明治19年頃に家老の田村顕允が現在の東北学院や宮城学院の設立者でキリスト教宗教家でもあった日本基督公会の押川方義を招き、伊達邦成と共に入信し、明治21年(1888)に伊達教会を設立しました。

この日本基督公会の林竹太郎牧師が中心となり、伊達家の主従が協力して設立されたのが北海孤児院。成香地区に農場を造りました。

ここまでで有珠山高校がプロテスタント系のミッションスクールなのは間違いないと思われますが、有珠聖公会の関係から立教大学などを始めとする日本聖公会なのか、それとも伊達士族に洗礼を施した押川方義が伊達家の旧領地である宮城県に設立した東北学院と関係し、そして伊達主従が設立した伊達教会の所属する日本基督公会(日本キリスト教会)なのか…

最初は地理的に日本聖公会のミッションスクールかと思ってたら、だんだん違うんじゃないかという気もして来ました。

こう歴史とかと色々考えてみるとなかなか面白いです。
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「最終兵器彼女」舞台探訪 -仙台編 (1)-



高橋しん先生の、「最終兵器彼女」4巻の仙台編の舞台探訪です。

この仙台編(1)では主に仙台市街から北にある泉区に登場する舞台を紹介します。

県道22号線沿いにあり、陸上自衛隊に入隊したアツシが仙台へ配属される時に軍用トラックで通ったシーンと、ちせとテツがちょっとしたデートなんかしてるシーンで登場します。

アツシやちせとテツ二尉と同じく泉中央から南下するように紹介します。



より大きな地図で 「最終兵器彼女」舞台探訪マップ -仙台編(泉区)- を表示


・仙台市泉区


1)「SELVAと県道22号線」 (4巻 P111,196,5巻P144)

泉中央駅前のSELVAと原作P111のコマはどちらもSELVA前の歩道橋から撮影するとほぼ同じになりますが、P111は大分ズームすることになります。しかしこの場所からはP111の「つり具」の看板が入りません。




SELVAの外壁タイルは震災後に訪れた為かところどころ剥がれ落ちていました。




2)「つり具の上州屋」 (4巻 P111)

1から南下、スタジアムを通過し、七北田川あたりに差し掛かると道路の先にP111の「つり具」の看板が見えてきます。

(当該カット未撮影)




3)「マクドナルドの看板」 (4巻P112)

さらに南下すると道路の左手にガストが見えてきますが、その先にあるのがP112のマクドナルドの看板。
他にも色々な看板があります。原作刊行時から時間が経っているので看板も入れ替わっています。



またP111に写っている青看はここに建っています。




4)「パーラーマツヤ」 (4巻P112)

3のマクドナルドの看板の次のコマに登場。
なお、パーラーマツヤは営業している雰囲気ではなかった。





5)「向原バス停・歩道橋」 (4巻P211)

ちせの窃盗買い物帰り、テツ二尉と歩く道。
左側のマンションのタバコの看板はなくなっていました。






6)「黒松北入口交差点」 (4巻P209)

場所的には次の7と近く、引いて上から撮影している感じ。
2人はコマに入ってないものの、ちせとテツのシーンで登場。
向かってるのは仙台駅方面のはずなのに5の歩道橋の前にこのコマがあるため、地理的には北に戻っている。

(当該カット未撮影)




7)「虹の丘入口交差点」 (4巻P118)

6と同じくレッドバロンが写ってますがこちらはアツシが乗る軍用トラックから見ているコマ。
でも、トラックの後ろから見ているとすると本来仙台駅方面へ向かっているはずが反対方向へ向かっていることになります…。ちなみに多分アツシが乗ってるのは73式大型トラック(初期型)だと思われ。


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